2002年 利家とまつ〜加賀百万石物語〜

Amazon 『利家とまつ―加賀百万石物語 (前編) (NHK大河ドラマ・ストーリー)』
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唐沢寿明さん演じる前田利家と、松嶋菜々子さん演じるまつの夫婦が主人公なのだが、今思い返してみても、まつが主人公と言っていいほど、ストーリーの中心だったような気がする。「わたくしにお任せくださりませ」というのが決め台詞で、夫の利家が困ったときにはまつが機転を利かせて内助の功、ときには自ら表舞台に立ったりと八面六臂の大活躍だった。時代考証的にどうかという議論もあろうが、強い女性を描こうとする意志を感じさせられる作品だった。大河ドラマ初の、女性が制作統括した作品らしい。

ストーリーは、前田利家とまつ、羽柴秀吉とおね、佐々成政とはる、という3組の夫婦を中心に展開する。序盤は皆が織田信長の家臣であり、同じように貧乏で、交流したり出世競争したりと、ホームドラマのようであった。3人の女たちは住むところが遠くはなれても着るものが変わっても生涯変わらない親友付き合いを続けるが、男たちはそれぞれ状況が変わっていき、秀吉は天下人となり位人臣を極める一方、成政は秀吉と対立し、攻められて最終的には切腹に追い込まれるという、男女の対比が印象的に描かれている。そんな秀吉を演じたのは香川照之さん。私にとって秀吉は、やはり『秀吉』の竹中直人さんが印象深いが、香川さんの秀吉を見て一瞬同じ人かと思ってしまったぐらい、似ていた。

織田信長を反町隆史さんが演じると聞いたときは、イメージと違いすぎてちょっと反感を持ってしまった。松嶋菜々子さんと結婚して間もなくだったこともあり、話題作りのためのキャスティングじゃないかという印象も強かった。ところが始まってみると、私の中に強くあった『秀吉』の渡哲也さんのイメージを上書きするぐらい、素晴らしくカッコイイ信長だった。特に「で、あるか」という口癖が印象的で、実際の信長も言っていたんじゃないかと思わされた。

信長と並んでカッコよかったと思うのが、松平健さんが演じた柴田勝家である。利家とまつにとって、勝家を親と慕うほど信頼のおける上司として描くことで、友人である秀吉と勝家が争う際に利家が迷い揺れる姿をより印象的にし、物語としても賤ヶ岳の戦いを一つの山場として描いていたと思う。松平健さんというと、どうしても『暴れん坊将軍』にしか見えなくて、実際に『元禄繚乱』の色部又四郎は、違和感がなかなか拭えなかった(『暴れん坊将軍』と同様の江戸時代中期が舞台で、同じようなカツラだったことも関係しているかもしれないが。吉宗がキラキラしい衣装なのに対し又四郎は一介の家老なので、劣化したようにさえ映った)。しかし、この作品の柴田勝家は、総髪に髭を蓄えていたという見た目だけでなく、貫禄があって、「おやじさま」という呼び名がこれ以上似合う人はいないんじゃないか、と思うぐらい渋かった。

(追記:2020.11.09)『秀吉』のページにも追記したが、新型コロナウイルスの影響で、2020年大河ドラマ『麒麟がくる』の撮影が滞り、放送に間に合わないという事態が発生した。そこで代わりに放送されたのが『「麒麟がくる」までお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル』。『利家とまつ』も採り上げられ、名場面が放送された。スタジオには前田利家を演じた唐沢寿明さんと織田信長を演じた反町隆史さんが登場し、トークコーナーもあったのだが、反町隆史さんからは明智光秀を殴るシーンのエピソードが語られた。信長と光秀の関係を象徴するだけでなく、光秀を謀反に向かわせる契機の一つとなる重要なシーンである。明智光秀を演じたのは萩原健一さん。反町隆史さんからするともちろん大先輩で、演技とは言え大先輩を殴ることになった焦りや緊張などが語られて、大変興味深かった。ドラマを観るときは信長と光秀として見ていて、俳優さん同士の関係や気持ちまではあまり考えないため、裏話を知ることができると見方が変わっておもしろい。余談だが、光秀は信長から「キンカン頭」と呼ばれていたらしい。『麒麟がくる』の長谷川博己さんや『秀吉』の村上弘明さんと比べると、萩原健一さんの光秀はなんとなく「キンカン頭」っぽいな、と思う。「キンカン頭」がどういうものかよく分からないが、よく分からないのに失礼な感じがする言葉なので、萩原健一さんには申し訳ない。光秀のイメージとして、神経質さや融通の効かなさというものが挙げられることはよくあると思うが、萩原さんは信長に殴られても声を裏返らせながら反論する姿などで、クレイジーさも加味しながら描いていたと思う。萩原さんといえば、私の中では元禄繚乱の徳川綱吉の印象が強いのだが、どちらにしても狂気を感じる人物造形で、怖いもの見たさのような魅力があった。亡くなってしまったのだと思うと改めて哀しい。